サリンジャー・イズ・デッド
- 作者: J.D.サリンジャー,野崎孝
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 1984/05/20
- メディア: 新書
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彼は実に45年近くもの間、下界と交渉を断つかのように家に引きこもっていた。
人の純粋さ=「イノセンス」に強い憧れを抱く、不器用な性格が災いしたと言われている。
僕も時々思い出しては、彼が「死んでいない」ことを確認していた。
文学史に名を残すほどの人物、
それも「かもめのジョナサン」と並んである種の教典的価値を持つ作品を書いた人物が、
物語そのままに社会と接触を断っていること自体が一種の神秘だった。
どこかでは空海のように、
いつか「生きているのか死んでいるのかも定かでない」存在になっていくような気がしていた。
そんな彼もついにこの世を去っていった。
映画「Field Of Dreams」に、彼をモデルにした*1人物が出てくる。
世を儚み俗世間とのつながりを絶った彼は、
主人公の作った野球場を訪れることで「純粋に野球が好きだった彼自身」を取り戻していく。
彼はそういう存在でもあった。
神秘の発信源であると共に、社会と折り合えない不適格者であることもまた事実。
そしてどこか否定しきれず、救うことは出来なくても、救いの日が来ることを祈りたくなる存在。
「ライ麦畑でつかまえて」は印象的な邦題だが、
実際の所は「Catcher In The Rye」=ライ麦畑の捕まえ手、が正しい。
子供達が背の高いライ麦の畑で走り回って遊んでいるのだが、その畑には実は崖がある。
そこにたたずみ、子供達が崖から落ちないように守ってあげるのが「Catcher In The Rye」だ。
良い大人になってしまった僕らは、もうライ麦畑を走り回ることもない。
そして勿論、ライ麦畑の中に突っ立っていることもない。
けれどこれからも、走り回る子供達はいなくならないだろう。
崖から落ちる人がいて、僕らは嘲笑うだろうか、嘆くだろうか。
サリンジャーはこの世を立ち去った。
残された僕らは彼が深くもぐりこんでいたライ麦畑を見つめて、重い何かを背負っている。
目をそらさずに生きていたい。
R.I.P
*1:原作では実名とのこと